月別アーカイブ: 2013年8月

イスラエルとレバノン

イスラエルのジェットは、トリポリの戦争中にレバノン隣人に対する重圧を育てるレバノンの標的を爆撃します。
少なくとも42人が、レバノンのトリポリの北部都市の2つの大きな爆弾攻撃で死にました。また、400人以上が負傷します。
突風は、モスクの近くで、1990年に内戦の終結以来レバノンで最も破壊的攻撃であると思われます。
近隣のシリアの戦争は、都市のスンニ派イスラム教徒およびアラウィー派コミュニティーの間の派閥的な緊迫した対立を高めました。
首都ベイルートのシーア派地区の自動車爆弾が、27人を殺した1週間後、突風は来ました。

12:16に、崇拝者が説教者の言うことを聞くことの内部で静かに座っているとともに、強力な爆発は建物を振動させます。
シリアの社長バッシャール・アル・アサドに対する暴動が2011年に始まって以来、暴力が境界を横切ってこぼれることができ、レバノンの派閥的な部門を悪化させることができたという懸念がありました。
今、起こっている増大する証拠があります。
最新の攻撃は、スンニ派イスラム教徒大多数(それらはシリアで反対戦士を支援する)と、シリアの大統領に忠実なままであるそのアラウィー派コミュニティーの間のトリポリの緊迫した対立を増加させるでしょう。
ベイルート南部の爆撃が20人以上を殺したちょうど1週間後、これらの突風は来ます。
その攻撃で打たれた郊外は、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラ(すなわち、さらにシリアの政府と同盟した)の拠点でした。
これらはレバノン人のために回を心配させています。
聖職者はレバノンの攻撃的なシーア派ヒズボラ・グループに反対で、以前にシリアで反対戦士に加わるように若いレバノンの男性に要求しました。
国連事務局長潘基文は攻撃を非難し、平静と制約を要求しました。
その間に、国連安全保障理事会は、「挙国一致を保存する人々」を要求しました。

温泉旅行と夜更かしな日常

私は温泉が大好きです。東北に住んでいるので、気軽に行ける温泉は東日本が中心になってしまいます。それも、鄙びた温泉が好きで、湯治棟があるような木造の古い温泉が大好きなのです。

私が1番好きな温泉は、青森県の八甲田にある酸ヶ湯(すかゆ)温泉です。
ここの温泉は、何と言っても有名なのが混浴の千人風呂です。大雪の八甲田にあってお風呂が木造で体育館のように大きな建物に、いくつかの大きなお風呂があります。

こんなにゆったり入れる広い湯船、ジャバジャバ樋から流れ落ちる打たせ湯、これが気持ち良くて、骨折した足首が冬になると毎年痛かったのに、何度か行って患部に当てていたら痛くなりました。混浴ですが大きく広くて白濁のお湯なので、女性も比較的入りやすいのではないでしょうか。とっても素敵な温泉です。

ただ、前回私がこの温泉にいった時は、いかにも不倫旅行です。みたいな男女のペアがいました。
まあ、地方の温泉にいけば2回に1回くらいは、そういうカップルがいるものですが、本妻さんのことを考えると可哀想になあと思わずにいられませんでしたね。
まあ、でも奥さんも浮気相談ができる探偵事務所とかに既に調査を頼んでいるかもしれないしね、私が心配することじゃありません。

まあ、思い出話はこれくらいにして、最近の話に移ります。
ついついしてしまう夜更かし。昨日もしてしまいました。朝がきついのはわかっているのに、どうしてもやめられないですよね。困ったものです。

ビールを飲みながら深夜番組を見て、たまにメールの確認をして。猫と遊んだりしていたら、もう2時…なんて、しょっちゅうです。
あまりにも朝が辛いので、最近は夜更かししないように色々と努力をしています。疲れれば眠気を襲ってくるだろう!と思って、ダイエットも踏まえて筋トレ。でも、お腹が減ってお菓子をバリバリたべてしまい、食べるついでにビールとテレビを…頑張ってもダメなようです。朝はつらいものなのだと言い聞かせて、明日も仕事に行きます。辛いなぁ…。

私が離婚した理由

私はバツイチです。
元夫は会社の同僚でした。
一緒に仕事をしていてお互いゲーム好きだという事が判明して仲良くなりました。
それで付き合う事になり、しばらく付き合って同棲することになりました。
その間に彼は会社を辞め、転職活動を始めました。
そして仕事が決まったところで、彼の子が欲しかったので結婚はまだでしたが子供をつくりました。
そして、入籍をしました。
ところが元夫は会社をすぐ辞めてしまいました。
それでしばらく無職。
そしてまたすぐ辞めるの繰り返しを始めました。
そうなると、どんなに楽しい話題を最初はしていても最後には必ずお金の話になり大ゲンカに発展しました。
無職なのにずっとゲームをやっていたり全然働き口を探さずダラダラしていたり。
面接に行くと言ってお金を渡すとスロットに使ってしまったり。
彼は貯金はまったくなく、私の貯金で過ごしていました。
だから私の貯金も残り少なくなり我慢の限界がきて離婚に至りました。
私は離婚した後すぐに仕事を見つけ、元夫といるより余裕のある生活ができるようになりました。
人を見る目なかったなという後悔もありますが、子供は元夫がいなかったらできなかったのでそれだけは感謝しています。
息子も今は難しい年齢で腹立つことも多くて大変ですが、いてよかったです。